大光院(大徳寺)拝観レポ!第60回京の冬の旅(公開エリア・寺宝・拝観ルート・レビュー・レア度・オススメ度)
大徳寺塔頭・大光院の特別公開(第60回京の冬の旅)に行ってきました!
本記事では当日の拝観ルートや公開内容を写真と図解で紹介し、拝観後のレビューも記載しています。
今回の特別公開に行こうか迷ってる方、事前に予習したい方の参考になれば幸いです。
■大光院・京の冬の旅
2026年1月9日(金)~3月18日(水)※2/15(日)~17(火)は拝観休止
10:00~16:30(受付終了16:00)
※大光院内には拝観者用のトイレがないのでご注意を!
なお、有料エリア内は撮影が禁止だったので公式ガイドブックや当日の看板内の写真、手書きの図面を活用してできる限り当日の様子が分かるように書いています。
※京の冬の旅・京都市民向けの内覧会で拝観しましたが公開内容等は同じになります。
では、目次を開いて気になる項目から読み進めてください。
(項目をタップ/クリックすると該当箇所に移動します)
公開エリアとルート|大光院・京の冬の旅
公開エリア(境内図あり)
- 本堂(客殿)・枯山水庭園
- 茶室「蒲庵(ほあん)」
- 墓地(豊臣秀長と藤堂高虎の供養塔)
第60回京の冬の旅「大光院」の有料公開エリアは、本堂(客殿)・庭園・茶室・墓地です。
庭園は本堂廊下から、茶室・蒲庵は水屋側の茶道口前から見学します。
墓地にある豊臣秀長と藤堂高虎の供養塔は上の図の「●1」の部分から覗き込むスタイルでした。
拝観ルート(境内図あり)と所要時間
拝観ルートは表門から入り、唐門内の拝観受付で支払いを済ませ、本堂に上がります。
本堂に上がった後はどこから見てもOKです。
本堂は4部屋で襖絵が公開されていますが、室内に入れるのは中央の室中のみです。
| 表門 | 唐門内の受付 |
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※京の冬の旅の京都市民向け内覧会の日に撮ったので表門の前に結界があったり、受付に内覧会の文字があります。
所要時間(目安)
- 10~20分
⇒本堂での解説は約8分、墓地前での説明は約1分
大光院さんは建物も小さく、寺宝の展示数も少ないので10~20分あれば拝観可能です。(拝観者が多くない想定)
解説も聞かずにちゃちゃっと見るだけの人であれば5分もかからないかもしれません。
説明をしっかり聞いて、間取りをメモしたり2~3周見学する私でも50分くらいで見終わりました。
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公開内容・寺宝|大光院・京の冬の旅
本堂(間取りと寺宝配置図あり)
| 本堂(客殿)|公開内容・寺宝 | |
| 建物 | 江戸時代に藤堂家により再建された建物が現存 |
| 仏像 | C:豊臣秀長像 ⇒文禄2年(1593年)の秀長3回忌法要の際に造られた木像 D:釈迦牟尼佛像 E:開祖・古渓宗陳像 ⇒1532生~1597年没、千利休の座禅の師 F:蘭叔宗秀像 ⇒開祖・古溪宗陳の法嗣(後継者)で大光院の2代目住職 |
| 障壁画 | 上の図のピンクライン部分:襖絵「雲龍画」狩野探幽の筆 ⇒奥州の伊達家が所有していた狩野探幽筆の屏風(五双)を襖に仕立て直し、1956年(昭和30年)に大光院が現在地に移転した時に設定 |
| その他 | A:掛軸・豊臣秀長の肖像 B:襖絵「雲龍画」の由緒書き |
↓こちらが大光院の本堂(客殿)です。
↓こちらが仏間に安置されている豊臣秀長像です。
拝観日の説明では制作年代について触れられていなかったのですが、別冊旅の手帳・京の冬の旅2026に「文禄2年(1593年)の秀長3回忌法要の折に祀られ、その穏やかな表情から当時の姿をしのぶことができる」と書いてありました。
↓こちらは襖絵「雲龍画」です。
↑こちらは本堂(客殿)で公開されている4室のうち「書院の間」(庭園を背にして右奥の部屋)です。
各襖に縦のライン(痛み)があるのは、屏風を襖に仕立て直されたものなので折り目部分が痛んでいるのだと思います。
ちなみにこちらの襖絵は↓このような経緯で大光院の襖絵になったそうです
- 仙台藩・伊達政宗が狩野探幽に描かせる(制作期間7年)
- 代々伊達家が所蔵
- 東京の藤木友三さんが入手
- 昭和30年の大光院移転時の住職(先々代)と藤木さんに縁があり、屏風を襖絵に仕立て直し寄進
今回の京の冬の旅で↑こちらの経緯が書かれた由緒書きも展示されています。
ちなみに、狩野探幽の筆であることは伝承であり学術的に本物とされているわけではありません。
大光院の探幽の襖絵は、五双(5セット)の屏風を襖に仕立てているので探幽の落款がたくさんあるのが印象的でした。
↓こちらの★印部分に落款がありました。
元々が屏風なので各部屋の龍に個性があり、興味深かったです。個人的には礼の間の上向きの龍と書院の間のおじいちゃんぽい龍が印象的でした。
↓礼の間の右の襖が上向き。
↓こちらのインスタ7枚目の画像正面(棚の左の襖)がおじいちゃんぽい印象の龍。
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本堂前庭園
大光院の庭園は白砂に築山(苔部分)のみのシンプルなもので、特に作庭者に関する説明も、庭も見てねという案内もなしでした。
庭園を見たときに現代的な建物が見えないのは非常にいいですよね。
茶室・蒲庵(三石の席)
↑こちらが大光院の黒田如水(官兵衛)好みの茶室「蒲庵」です。
拝観時は写真に映っている茶室内には入れず、↓こちらの三角印のところ(茶道口前)から見ます。
水屋もかなり狭いので、茶道口前(上の三角印部分)にひとりが座って見学して、終わったら交代する感じでした。
拝観当日は茶室についての詳し説明はなく、私も茶室はよく分からないので茶室建築.comさんの説明を紹介します。
初めは仁和寺街道の三軒寺にあったものを、明治時代の廃寺の際に、数寄屋師・平井某の祖父がこれを譲り受けて解体保存し、それを大光院が購入して、添えられた図面のとおりに組み立てたのがこの席だそうです。
(中略)
内部は二畳台目の席で、炉は台目切り、点前座には赤松皮付の中柱を立てて袖壁を設け、一重棚を釣っています。点前座勝手側には板畳が入れられ、少しの余裕をもたらしています(他にこのような板畳を用いた席には表千家不審庵などがあります)。
床の間は台目幅の上座床で、杉丸太の床柱、なぐりの床框で、墨蹟窓があいています。二畳台目下座床の席は、東陽坊(建仁寺)・庭玉軒(大徳寺真珠庵)など数多くありますが、二畳台目に上座床を用いたこの席は珍しい部類といえます。
引用元:茶室建築.com
ちなみに拝観時に「床の間」は全く見えないです。
茶室建築.comさんの説明によると珍しいタイプの茶室のようですね。茶室の善し悪しや珍しらは全く分からずです。。
さて、茶室の名前「蒲庵」は大光院の開祖・古渓宗陳の庵号・蒲庵古渓からつけられた名前なので、移築された際につけられた名前のようですね。
庵号:戒名の一部として使われる尊称の一つ
また、茶室・蒲庵には「三石の席」という別名があるのですが、これは大光院に移築される前の露地(茶室用の庭)に黒田長政・加藤清正・福島正則の三武将がひとつずつ石を寄進したことに由来するそうです。(大光院にこの3つの石はない)
黒田長政:安土桃山時代から江戸時代前期の武将・大名。黒田官兵衛の長男。筑前国福岡藩初代藩主。
加藤清正:安土桃山時代から江戸時代初期の武将・大名。肥後国熊本藩初代藩主。
福島正則:安土桃山時代から江戸時代前期の武将・大名。安芸国広島藩主、後に信濃高井野藩の初代藩主。
↓ガイドブックにはこちらの写真がありますが、拝観時はこのアングルを実際に見ることはできません。(茶室周りは木が茂っていて本堂の廊下から見えない)
豊臣秀長と藤堂高虎の供養塔
大光院の墓地には豊臣秀長と藤堂高虎の供養とがあり、京の冬の旅ではこちらも見ることができます。
写真がまったくないので参考につくった図で紹介。上の図の★の位置から墓地を覗き見るスタイルです。
図は簡略化していますが墓石はもっとたくさん立っているので墓石と墓石の間から供養塔が見えるといった感じです。
なお、本堂の横でクロックスに履き替えてひとりずつ順番に見ていきます。
表門から唐門まで(無料エリア)
こちらが大徳寺塔頭・大光院の表門です。内覧会の日の写真なので結界があったり内覧会の張り紙があります。
↑こちらは門を入ってすぐの様子。生垣で奥が見えないので期待感が高まります!
門をくぐってすぐ左に石碑があります。
鳥塚と書かれた石碑で、調べたところカナリアの供養碑とのこと。
ローラーカナリアの愛好家で構成される「京都ローラーカナリークラブ」によって、大光院が現在地に移転したころに建てられたそうです。
京都ローラーカナリークラブの児玉健一さんと大光院の2代目住職に繋がりがあり、講演会を大光院で実施したりもしていたようです。
余談ですが、ローラーカナリアの雄は歌声が素晴らしくコンテストがあるそうです。まだまだ知らないことがたくさんありますね。
もうひとつ石碑があるのですが↑こちらは何の石碑か調べても分かりませんでした。
先ほどの石碑から少し右側に↑こちらのような階段で下る箇所があります。
こちらが階段下の様子が見えないので何とも言えませんが、興聖寺(綾部寺)の降り蹲踞にを思い出したのでこちらもそうなのかな?と思いながら写真を撮ってました。
ただ茶室からはなれてるので降り蹲踞でない可能性大です。
↑こちらは唐門です。
↑唐門から左を見たところの扉の取っ手が菊の花のような形なのが気になりました。
↑こちらは裏門を境内から見た様子です。
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レビュー・レア度・オススメ度|大光院・京の冬の旅
レビュー:行ってよかったこと・残念だったこと
行ってよかったこと
- 狩野探幽の作品をガラスを隔てず間近で見られた!
伝承ではありますが、狩野探幽の作品をガラスを隔てず間近で見られることが1番良かったことですね。
しかも屏風絵から襖絵に仕立て直されてるので、他の襖絵作品とは趣が違うのもよかったです。
全部で8匹の龍が描かれていますがそれぞれ個性があり見ていて飽きなかったです。
ちなみに、京都で狩野探幽の龍の絵は↓こちらでも見られます。
■京都で見られる狩野探幽の龍
大徳寺法堂の天井画、妙心寺法堂の天井画、泉涌寺仏殿の天井画
↑これらは天井画なのでサイズはでかいですが近くで見れないので、大光院の襖絵は貴重ですね。
狩野探幽の龍以外の作品は二条城の障壁画展示収蔵館で展示されることがありますが、こちらはガラス越しで、ガラスからそこそこ離れた位置に展示されているので今回のような臨場感はないため、やはり今回の京の冬の旅は特別な機会ですね。
残念だったこと
- 国宝や重要文化財がなく、襖絵以外にこれといったものがない
- 有料エリアは一切写真が撮れない
行く前から分かっていたことではありますが、大光院さんには国宝や重要文化財はなく、襖絵以外にこれはすごい!といったものがなく物足りなさがあります。
おそらく狭いせいもあると思うのですが、有料エリア内は一切写真が撮れないのも残念ですね。
レア度・オススメ度
| 大光院・第60回京の冬の旅 | |
| レア度 | 4.5 |
| オススメ度 | 4.0 |
大光院は通常非公開で今回が2回目の特別公開になるためレア度4.5としています。
オススメ度は2026年の京の冬の旅の中でのオススメ度で、狩野探幽の襖絵を間近で見られるのは貴重な機会なので、オススメ度4.0にしました。
探幽の作品であることは伝承で、国宝や重要文化財にはなっていないので4.5や5.0にせず4.0にとどめています。
狩野派好きであれば、行くべし!といった感じですね。
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拝観時の注意点
防寒対策をしっかり!
京都は「通りを北へ1本進むごとに気温が1度違う」というくらい京都市内の狭いエリアでも気温差を感じます。(実際に大徳寺から二条城まで歩くと二条城あたりで気温の違いを感じるレベル)
大光院がある大徳寺エリアは京都市内の北部にあたり結構寒いです。拝観時は堂内はひんやりして、畳もかなり冷たくなります。
足元が冷えると拝観に集中できずゆっくり見ていられないので、靴下用ホッカイロをはったり、モコモコの靴下を持参して見学時に履くなど、防寒対策をするのをお勧めします!
大光院に限らず冬の京都のお寺拝観時はとにかく足元暖かくするのがポイントです!
狭いので小荷物で!
大光院は本堂(客殿)の室中も茶室もかなりせまいので大きなリュックなどではなく、極力小荷物で拝観するのをオススメします。
残念ながら大徳寺は観光客向けのコインロッカーはないので、ホテルや自宅から出発する時点で小荷物で行ける日に拝観するのがおすすめです。
大光院内にトイレは無いので総門前か交番横へ!
大光院の境内には観光用のトイレはありません。
大徳寺の総門前のトイレか、大徳寺前交番横のトイレを使用する必要ありです。
大光院から近いのは交番前で約6分程の距離にあります。
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交通アクセス|大光院・京の冬の旅
| 交通アクセス|大光院 | |
| 最寄り | ・市バス「建勲神社前」下車、徒歩約2分 ・市バス「大徳寺前」下車、徒歩約7分 ※大徳寺の境内を通らず北大路通り沿いから向かう場合 |
| 住所 | 京都市北区紫野大徳寺町92 |
大徳寺は↓こちらの図にある★A~★Eから境内に入ることができます。
大光院は北大路通り沿いに歩く(上の図赤矢印)か、境内を歩く(上の図青矢印)の2パターンです。
北大路通り沿いに歩く場合、南門を過ぎたあたりから住宅街なのでGoogleマップなどを見ながらじゃないと曲がる位置が分かりにくいのでご注意ください。
ちなみに、上の図の★Cに入る曲がり角の様子は↓こちらです。
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