京都の血天井はどこ?9寺院を紹介(公開日・拝観料・血天井がある場所)
本記事では「血天井を初めて知って興味がわいた方」「血天井めぐりをしてみたい方」に向けて、血天井に特化して9寺院を紹介していきます。
※2025/6/7-8/31は通常非公開の天球院で血天井を見ることができます!
目次を開いて気になる項目から読み進めてください。
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血天井の基礎知識
そもそも血天井とは?
- 血天井とは
・戦国武将が戦いで絶命した際の血痕が付いた床板や縁板を供養のため寺院の天井に張り替えたもの
「血天井」と聞くと「天井に飛び散った血の跡?」と思う方もいるかもしれませんが、武士の時代に戦場となった建物の床板についた血を供養を目的にお寺の天井に張り替えたものです。
京都だけでなく、岐阜や大阪、徳島に血天井があるお寺が現存しています。
ただ、血天井に関して史料・考古学的に裏付けられたものは存在しないそうです。
京都の「正伝寺」の血天井は、日本の法医学者で医学博士の古畑種基が調査し人間の血液であることを鑑定したという話が見受けられます。

(↑源光庵の血天井)
京都でいう血天井とは?
- 京都でいう血天井とは
・1600年(慶長5)の「伏見城の戦い」で伏見桃山城内で自害した徳川側の武将・鳥居忠元をはじめとする380⼈以上の血が残る床板を供養の為に寺院の天井に張り替えたもの。
・京都の徳川家とゆかりのある8寺院に現存する
・8寺院は、1.三十三間堂前の「養源院」、2.鷹峯の「源光庵」、3.宇治の「興聖院」、4.大原の「宝泉院」、5.西賀茂の「正伝寺」、6.妙心寺塔頭の「天球院」、7.八幡の「神応寺」、8.伏見区の「栄春寺」
京都で血天井と言えば、「伏見城の戦い」後に伏見桃山城から移された床板を寺院の天井に張り替えたものを指します。
京都府内で血天井を持つ寺院は本記事で詳細や特徴を紹介してく上記の8寺院です。
■伏見城の戦い
1600年8月26日(慶長5年7月18日)から1600年9月8日(8月1日)まで行われた豊臣VS徳川の戦い。関ヶ原の戦いの前哨戦。当時の伏見城は大老職の家康が政務を行っていたため、家康の留守を守る徳川の軍政が籠城。石田三成率いる西軍の大軍4万が攻めいる。
■鳥居忠元(1539生-1600没)
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。徳川家康の乳兄弟。幼少時代から家康の側近として仕えた武将。伏見城の戦いで城代として籠城戦いのすえ亡くなる。(自害説と討死説あり)
■伏見桃山城
・現在の京都市伏見区の桃山丘陵にあった日本の城。晩年の豊臣秀吉により2回築城され、伏見城の戦い後に徳川家康により再建されている。1623年(元和9)年に廃城。
・京都には伏見城から移築された建物(伏見城の遺構)が存在する
・晩年の豊臣秀吉が隠居生活を送るために1592年(文禄元年)に築城した城を「指月伏見城」と呼ぶ。「指月伏見城」は1596年(慶長元年)に起きた大地震(慶長伏見地震)により倒壊。その後1597年(慶長2年)に完成した城を「木幡山伏見城」呼ぶ。
・豊臣秀吉は伏見城(木幡山伏見城)で1598年(慶長3年)に亡くなる。豊臣の拠点が大阪城に移ったのち、当時五大老筆頭だった徳川家康が城に入り政務をとった。
・伏見の戦いで焼失し、徳川家康によって再建されたのは「木幡山伏見城」
【参考】観光庁による宝仙院・血天井の解説
今回こちらの記事を執筆するにあたりいろいろ調べていたら行政機関のサイトに宝泉院の血天井の説明があったのでシェアしますね。
宝泉院血天井
1600年8月1日、劣勢となり、武将石田三成の軍勢から逃れる策はないと、380人以上の武士が伏見城の城内で自決することを選択しました。
彼らは、軍隊を結集し、江戸幕府(1600 -1868)を設立した封建時代の将軍、徳川家康に忠誠を尽くした。家康は伏見城に守備隊を残しました。伏見城のレプリカは、京都伏見区の同じ場所にあります。
40,000人の三成軍に包囲された防衛軍は、城が放火されるまで2週間耐え続けた。家康軍の残党は最後の戦いのために砦に結集したが、勝ち目がないことを知ると、切腹して自害した。
血に染まった砦の床板は後に回収され、様々な寺院に渡り、祀られているのは供養を目的としています。そのうち16枚の床板が、後に宝泉院の天井に使用されました。
自害した武士達の最後の瞬間を記録しているこの床板は注目に値します。床板全体に血が付いており、血でくっきりと残された足跡や、鎧、甲冑の位置がわかる箇所もあります。
人間の顔がうっすらと認識できる箇所があり、別の箇所では、最後の呼吸をした武士の血まみれの指紋が擦り切れているように見えます。
防衛軍の抵抗により、徳川家康が部隊を指揮するのに十分な時間を与え、伏見城の陥落から2ヶ月以内に関ヶ原の戦いで敵軍を破りました。
引用元:観光庁サイト
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