八幡市の「八角堂」は、全国的にも珍しい八角形の意匠と、復元された鮮やかな極彩色が美しい隠れた名所です。

📌直近の特別公開日
■秋の文化財一斉公開日
2026/11/28(土)&29(日) 10-15時

「秋の特別公開」はもちろん、実は平日でも事前予約をすれば堂内を見学できることをご存じでしょうか?

本記事では、実際に現地を訪れた体験をもとに、以下のポイントを分かりやすくまとめています。

💡2つの拝観・見学手順(特別公開&事前予約)
💡見逃せない堂内・外の見どころ5選
💡秋の特別公開レポ(現地の写真)

当日の拝観を120%楽しむための情報をギュッと凝縮しました。

目次を開いて気になる項目をチェックしてみてください!

サクッとわかる八角堂

八角堂はこんなとこ!

📌八角堂はこんなところ!
・元々は石清水八幡宮の仏殿!
・廃仏毀釈を逃れた貴重な建築

・全国的にも珍しい「隅切型八角形」!
・現在は西車塚古墳の上に佇む国指定史跡

・堂内は空っぽ!
かつての本尊「阿弥陀如来坐像」は徒歩約10分の正法寺に安置

・150年前極彩色が復活!
・5年の修繕工事を経て2019に蘇った明治期の美しさ

・堂内拝観は秋の特別公開か事前申込で!
外観はいつでも見られる

📌建立
・鎌倉時代の建保年間(1213~1219)
📌起り
・第84代 順徳天皇が建立を願う
・石清水八幡宮の検校けんぎょう善法寺祐清ぜんぽうじゆうせいが石清水八幡宮境内の西谷に建立

📌本尊
・本尊は阿弥陀如来坐像(重要文化財)
・現在は正法寺の宝物館「法雲殿」に安置(年に数回の特別公開で拝観可能)

Kico
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八角堂は予備知識なく見に行くと勿体ない場所です!この記事を書く前に外観のみの見学と堂内見学両方を経験しましたが、先に知っておけばよかった!と思う事がいっぱいでした。ぜひ本記事で予習して八角堂の見学を120%楽しんでください♪

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堂内の拝観(見学)方法は2パターン

  1. 11月の「秋の文化財一斉公開」
    予約不要でだれでも自由に堂内へ入れる特別な2日間!
    開催日:毎年11月の土日2日間(2026年は11月28・29日)
    時間:10-15時
    料金:無料
    解説:各日2回職員による解説あり
    公開日時の詳細へ (本記事内)
  2. 八幡市教育委員会 文化財課へ申込み
    平日限定ですが、ゆっくり見学したい方におすすめ!
    日時毎月、月~金(祝日・年末年始を除く)
    時間:
    10-16時
    料金:
    無料
    解説:職員による解説あり
    ※月2組まで(1組5名以上)希望日の1か月前までに申込完了必須
    申込条件や方法詳細へ (本記事内)

「秋の文化財一斉公開」は毎年11月の週末2日間に開催されるイベントで、八幡市の神社仏閣・美術館など複数のスポットで特別公開が行われます。

2パターンの比較表も掲載しておきますね。

11月の「秋の文化財一斉公開」 八幡市教育委員会 文化財課へ申込み
予約 不要 必要
開催日 毎年11月の土日2日間
※毎年開催日は変わる
毎月、月~金
(祝日・年末年始を除く)
※月2組まで(1組5名以上)
拝観時間 10-15時 10-16時
拝観料 無料 無料
解説 各日2回
職員による解説あり
見学時に
職員による解説あり

八幡市にお住まいでなければ、「秋の文化財一斉公開」の時に八角堂に行くのがおすすめです。

Kico
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秋の文化財一斉公開で2回八角堂に行きましたが、まだ解説タイムに参加できてないので今年こそ説明を聞いてみたいなと思っています。注目したい見所がたくさんある「八角堂」ではありますが、八角堂だけを見るために八幡市に足を運ぶのは少し勿体ないので、八角堂の本尊がある「正法寺」や「善法律寺」の公開日に「石清水八幡宮」もお参りするつもりで訪問するのがいいと思います!

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ここに注目!見どころ・鑑賞ポイント|八角堂・京都

形に注目!めずらしい「隅切型八角形」

(↑八角堂平面図)

📌見どころ1】ここがポイント!
・全国的にとても珍しい「隅切型すみきりがた八角形」
・石清水八幡宮ゆかりの建築形式(八角堂は元々、石清水八幡宮の「仏殿」)

八角堂の見どころ1つ目は全国的にも珍しい「建物の形」です!

「八角堂」という名前から「正八角形」をイメージしがちですが、正方形の四隅を切り取った「隅切型すみきりがた八角形」という独特の形をしています。

八角堂は元々、石清水八幡宮の「仏殿」で、この「隅切型すみきりがた八角形」は石清水八幡宮ゆかりの非常に珍しい建築形式と考えられています。

現地に行った際は、ぜひ建物全体のシルエットに注目してみてください。

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隅切型八角形は、お盆やお重でこの形はたまに見ますが、建物としては非常に珍しい形です。ちなみに上から見た屋根も隅切型八角です。ぜひ、Googleマップで確認してみてください!

鬼瓦に注目!16体全て違う顔!

📌見どころ2】ここがポイント!
・16体すべての鬼瓦の表情が違う!
・1体は顔が3つ組み合わさった非常に珍しい「三面鬼」!

八角堂の見どころ2つ目は「鬼瓦」です。

八角堂の屋根には計16体の「鬼瓦」が据えられています。

屋根の1本のライン上に2つの鬼瓦が並んでいるのですが、軒先側を「一の鬼」、屋根の上部側(棟側)を「二の鬼」と呼びます。

驚くことに16体の鬼瓦はすべて違う表情をしているので、ぜひ八角堂をぐるっと1周して見比べてみてください。

なかでも要チェックなのが、鬼門にあたる「東北東」の角にある「二の鬼」です。

顔が3つ組み合わさった非常に珍しい「三面鬼」のデザインになっています。

👇三面鬼の瓦(左側面・正面・右側面)

また、これらの鬼瓦には瓦師の名前を表す「宇治瓦師源左衛門」「宇治源左衛門作」「宇治源左衛門」の銘が彫られています。

「源左衛門」は、1600年代後半~1700年代前半に京都南部の寺院活躍した瓦職人で、近隣の寺社にも作品が残されています。

📌源左衛門の銘がある瓦がある寺院
・八幡市:正法寺、石清水八幡宮の摂社狩尾社(橋本狩尾)
・宇治:萬福寺、三室戸寺
・伏見区:醍醐寺

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この記事を書くまで鬼瓦の存在を知らなかったので次回はチェックしてきたいと思います。三面鬼の瓦は絶対見たいですね!「一の鬼」「二の鬼」というネーミングもかわいらしくて親しみがわきます♪

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露盤に注目!1つだけ違う!

📌見どころ3】ここがポイント!
・屋根の飾り「露盤ろばん」の三つ巴の紋の向きが1つだけ違う!
・日本独特の考え方にづく特徴!

八角堂の見どころ3つ目は屋根の一番てっぺんにある台座のような飾り瓦「露盤ろばん」です。

📌露盤(ろばん)
・屋根の頂点にある正方形や多角形の台座のような形をした飾り瓦
・頂点の隙間から雨が入るのを防ぐ役割がある

八角堂の露盤の側面は全部で12面あり、【三つ巴の紋が2面】→【無地が1面】の順番で交互に配置されています。

実は、東面の右側にある三つ巴だけ「回し方(向き)」が違っているので、現地に行かれた際はぜひ探してみてください!

💡回し方が違うとは
2つの三つ巴紋がスタンプを押したように同じ模様が並んでいるのではなく、左右の三つ巴紋の丸い玉のスタート位置が違う(角度がずれている)ということです。

「なぜ1つだけ違うの?」という疑問が頭をよぎったと思いますが、はっきりとした記録は残っていないそうです。

ただ、日本の建築的には次の理由が考えられます。

1.未完の美学
 日本には「完璧なものは完成した瞬間から崩壊が始まる」と考え、あえて1部分を未完(逆さまや別模様)にする風習があるため
2.鬼門封じ
邪気が入るのを防ぐための意図的な装飾

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石清水八幡宮の社殿にも三つ巴のまわし方が逆向きなものがひとつだけあります。 (昇殿参拝で見ることができます)秋の文化財一斉公開期間中に、八角堂の堂内拝観と石清水八幡宮の昇殿参拝の両方に参加してみるのがおすすめですよ!

蟇股の梵字に注目!東西南北で全て違う!

📌【見どころ4】ここがポイント
・東西南北の四方の壁(蟇股)に異なる「梵字ぼんじ」が!
・4つのうち1つは
豊臣秀頼の再建時(慶長年間)のもの!

八角堂の見どころ4番目は屋根の下あたりの「蟇股かえるまた」にあしらわれた「梵字」です。

📌蟇股(かえるまた)
日本の伝統建築で梁(はり)の上につくられる「蛙の足のような形」をした建築装飾のこと
※建物を支える骨格になる縦の「柱」に対して、横方向にかける重要部材が「梁」

東西南北の4カ所すべてにそれぞれ異なる梵字が配置されているので、ぜひ八角堂をぐるっと1周回って見比べてみてください。

ちなみに、1番の注目は1つだけ大きさが違う梵字です!

豊臣秀頼が八角堂を再建した当時の貴重な部材で、素材も他と違ってヒノキが使われているそうです。

どの位置にどの梵字(仏様を表す文字)が配置されているか、秀頼時代のものがどれなのかについては公式情報がないため、現地を再訪問した時に詳しく調査して追記いたします!

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はじめて八角堂を見に行ったときにぐるっと1周して写真を撮ってきたはずなのですが、データが消えてしまっているので次回再チャレンジです!秀頼再建時の情報はこの記事を書くまで知らなかったので、ぜひしっかり見てきたいですね!

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色彩に注目!150年前の色を復原!

📌【見どころ5】ここがポイント
5年の修理を経て明治時代の鮮やかな極彩色ごくさいしきが蘇った!
・柱や梁に描かれた唐草・牡丹の模様は職人の手仕事で1つ1つデザインが違う!

八角堂の見どころ5つ目は、堂内を彩る「極彩色ごくさいしき模様」です。

平成26年度(2014年)から5年間かけて行われた保存修理工事の際に、堂内の部材から彩色の痕跡が見つかり、調査結果を元に現在の色鮮やかな色彩へと蘇りました。

修復を手掛けたのは、清水寺や知恩院などの文化財修復も担う一流の職人たち。

職人さんによると「貫や柱に描かれた唐草は、流れや太さが1本、1本、少しずつ異なっていて、1つとして同じものがない」とのことです。

また、調査によって現れた昔の模様の一部は、塗り直さずに当時のまま残されています。

新しく復原された鮮やかな色彩と、歴史を感じる当時の痕跡をぜひ見比べてみてくださいね。

💡明治期の色彩は昭和期に覆い隠されていた!?
・明治時代の八角堂移築の際に江戸時代の彩色の痕跡を元に彩色が施されましたが、昭和37年(1962)に堂内に収蔵庫を作った際に塗料で覆い隠されてしまった歴史があります。
・平成26年度(2014年)の修理工事の調査で江戸・明治それぞれの時代に描かれていた文様や色が明らかになり、復元される運びとなりました。
・昭和8年(1933)の本尊修繕の際に撮影された写真や調査結果を参考に明治時代の彩色を復原し、建物全体を塗り直したのが現在の八角堂の姿です。
・なお、調査で分かった文様の一部は塗りなおさずそのまま保存されています。

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昭和時代に塗り隠されてしまっていた色が150年の時を経てこんなに綺麗に復活したなんて感動的ですよね!現地で見ているときは気づかなかったのですが、写真を見返したらあえて塗りなおさずに保存している部分が映っていました。本記事の「拝観当日の様子のパート」で紹介しますね。

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これが分かると面白い!八角堂の歴史と変遷

八角堂は明治初期に1人の住職に救われた「奇跡の建物」

📌これが分かると面白い!その1
・八角堂は神仏習合の時代を今に伝える重要な建物
・八角堂を破却から救ったのは正法寺の住職

八角堂は元々「石清水八幡宮」の境内(西谷)に建っていた「仏殿(お堂)」です。

現在、石清水八幡宮と言えば神社ですが、明治以前は日本古来の「神様(神道)」と外来の「仏様(仏教)」が互いに融合・調和した「神仏習合しんぶつしゅうごう」の拠点「宮寺ぐうじ(神宮寺じんぐうじ)」でした。

📌宮寺(ぐうじ)/神宮寺(じんぐうじ)
神社に付属して建てられた寺院、あるいは神社と寺院が一体化した形態のこと

明治元年(1868年)に「神仏分離令(神仏判然令)」が出され、石清水八幡宮の境内から仏堂などが取り除かれることになり、八角堂も取り壊される予定でした。

しかし、当時の正法寺(神応寺も兼務)の住職・志水円阿しみずえんあが、八角堂を仏像と共に譲り受け、明治3年(1870年)に現在地(西車塚古墳の山頂)へ移築。

こうして「八角堂」は廃仏毀釈の破却から唯一逃れ、かつて石清水八幡宮にあった仏教施設の中で今日まで残った唯一の仏堂となったのです。

なお、平成24年(2012年)に八角堂が元々あった石清水八幡宮の境内と現在の移築地が国の史跡に指定されています。

💡現在の八角堂の所有・管理
土地(移築地)は国の史跡として「石清水八幡宮境内」に指定されていますが、建物の管理・所有は現在も正法寺が行っています

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八角堂の元本尊・阿弥陀如来坐像は今も健在!正法寺で拝観可能!

昭和8年当時の八角堂内に安置されていた阿弥陀如来坐像▲八角堂内に安置されていた昭和8年(1933年)の写真

📌これが分かると面白い!その2
・八角堂と共に破却の危機を乗り越えた
約4.8mの巨大な仏像
・鎌倉時代の名仏師「快慶」の作と推定される国指定重要文化財

・現在は八角堂から徒歩約10分の正法寺の法雲殿に安置&年に数回の特別公開で拝観可能

八角堂の中に祀られていた本尊「阿弥陀如来坐像あみだにょらいざぞう」もまた、八角堂とともに正法寺の住職・志水円阿によって破却の危機から救い出された貴重な仏像です。

鎌倉時代の建保年間(1213-1219)につくられ、600年以上もの間、「神仏習合」の聖地として発展した石清水八幡宮で、八幡神とともに人々の信仰を集めてきたこの仏像は、現在も大切に受け継がれています。

📌八角堂の本尊の特徴
・檜材寄木造の座像
・座り方は両足を交差させた「結跏趺坐けっかふざ」で両手は胸の前で中品中生ちゅうぼんちゅうしょの説法印を結んでいる

・体はかつて漆に金箔で覆われ衣は色鮮やかに塗られていた
・4.8mの光背には13体の小さな仏、巻き雲、その他の装飾の要素が配されている

仏像の大きさは、像高2.83m、台座や光背(仏像の後ろの飾り)を含めると約4.8mにも及ぶ巨大サイズ。

その大きさや光背の特徴から「丈六じょうろく阿弥陀如来坐像」「一光千仏丈六阿弥陀いっこうせんぶつじょうろくあみだ」の別名を持ちます。

今は剥落していますが、当時は金箔で覆われていました。

📌丈六(じょうろく)
釈迦如来の身体の高さが一丈六尺(約4.85m)あったという伝説に基づく仏像の高さの基準
📌一光千仏丈(いっこうせんぶつじょうろくあみだ)
仏像の後ろの飾り(光背)の中に数多くの小さな仏像が表されている仏像の形式

昭和25年(1950年)に、国の重要文化財に指定されています。

作者の銘はありませんが、研究者はその作風や様式から、鎌倉時代の名仏師・快慶の作品である可能性が高いと捉えています。

📌快慶(かいけい)
・平安末期から鎌倉時代に活躍した慶派けいはの天才仏師
・運慶とともに金剛力士立像(東大寺南大門)などを手掛けた
・繊細で気品のある独自の美的なスタイルを確立し阿弥陀如来像を多く残した

なお、八角堂が現在地に移転してから、しばらくは八各堂の中に安置されていましたが、1998年に京都国立博物館に寄託、2008年に正法寺の宝物館「法雲殿」へ移されました。

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正法寺で2回拝観しましたが、高さも足りますがボリューム感もありとても存在感のある阿弥陀如来坐像でした。この存在感の仏像が黄金に輝いていたかと思うとすごいですね。当時の姿を見てみたいものです。

本尊・阿弥陀如来坐像の歴史と変遷
鎌倉時代の建保年間
(1213〜1219年)
・石清水八幡宮の仏殿「八角堂」の本尊としてつくられる
明治元年
(1868年)
・「神仏分離令(神仏判然令)」が出される
・石清水八幡宮の境内から仏堂や本尊取り除かれることになる
明治3年
(1870年)
・現在地にお堂(八角堂)とともに移設
・正法寺の住職・志水円阿しみずえんあが譲り受けた
大正6年
(1917年)
・古社寺保存法により国宝指定
昭和8年
(1933年)
・修理
昭和25年
(1950年)
・文化財保護法により重要文化財指定
昭和37年
(1962年)
・八角堂の内陣に収蔵庫を設置し安置
平成10年
(1998年)
・京都国立博物館に寄託
平成20年
(2008年)
・正法寺の宝物館「法雲殿」に移設
▼正法寺の「法雲殿(宝物館)」 ▼正法寺の「駒札(説明札)」
正法寺の阿弥陀如来坐像に関する駒札(説明板)

💡正法寺の宝物館「法雲殿」
・阿弥陀如来坐像を保管展示するためにつくられた宝物館
・正法寺は八角堂から徒歩約10分の場所に位置する
・年に数回開催される特別公開で阿弥陀如来坐像を見ることができる

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八角堂の建立を願った順徳天皇の想いと時代の波!

📌これが分かると面白い!その3
・八角堂は朝廷の権威が脅かされていた時代に建立された
・八角堂から徒歩約20分の善法律寺を作った善法寺家が関わっている

八角堂が建てられたのは、鎌倉時代前期の建保年間(1213〜1219年)。

第84代・順徳じゅんとく天皇の願い(御願)を受け、石清水八幡宮の検校けんぎょう善法寺祐清ぜんぽうじゆうせいによって石清水八幡宮境内の西谷に建立されました。

💡善法寺祐清
・八角堂から徒歩約20分の距離にある「善法律寺」を立てた善法寺宮清の祖父
・善法寺家は石清水八幡宮の検校(寺社を統括する職)を務めた一族
善法律寺の詳細はこちら (本サイト別記事)

当時の京都は、鎌倉幕府の勢力が強まり、朝廷の権威が脅かされていた時代です。

そうした情勢のなか、国家の安泰や自身の祈りを込めて石清水八幡宮に建てられたのが「八角堂」でした。

ただ、順徳じゅんとく天皇の願いはむなしく、1221年に朝廷と幕府が戦う「承久の乱」が勃発します。

順徳天皇は譲位して「順徳上皇」となり、父の後鳥羽上皇とともに鎌倉幕府に対して挙兵しましたが、朝廷側は敗北。

責任を問われた順徳上皇は、新潟県の「佐渡島」へ配流(流罪)となりました。

二度と京都へ戻ることは叶わず、配流から21年後の1242年、46歳で生涯を閉じました。

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移転時は八角堂を本堂とする「八角院」として整備された!

📌これが分かると面白い!その4
・八角堂の移転当初は「八角院」として整備された!
・石清水八幡宮から譲り受けたのは八角堂と本尊だけじゃない!

神仏分離令により破却の危機に瀕した「八角堂」を正法寺の住職が譲り受けて現在地へ移築したと紹介しましたが、実はこの移築の際に単に「元三大師堂」と「元三大師像」も石清水八幡宮から救出していました。

移転当時は、八角堂を本堂として、元三大師堂、庫裏、茶所を配置し、「八角院」と呼ばれていました。

👆八角堂の入り口の石碑には「八角院」と書かれています。

昭和期に入って八角堂以外の建物(元三大師堂や庫裏など)は撤去され、現在のすっきりとした姿へと変わっていきました。

八角堂の歴史と変遷
健保年間
(1213~1219年)
・第84代 順徳じゅんとく天皇の願い(御願)を受け、石清水八幡宮の検校けんぎょう善法寺祐清ぜんぽうじゆうせいが阿弥陀如来を本尊に石清水八幡宮境内の西谷に建立
慶長12年
(1607年)
・大破した八角堂を豊臣秀頼が小出吉政を奉行に再建
元禄11年
(1698年)
・大きく傷んだ八角堂を石清水八幡宮別当の善法寺央清が寄付を募り再興
・建物の規模が2割ほど小さくなる
寛延元年
(1748年)
・屋根を中心に修理
明治元年
(1868年)

・「神仏分離令(神仏判然令)」が出される
・石清水八幡宮の境内から仏堂や本尊取り除かれることになる
明治3年
(1870年)
・正法寺の住職が八角堂と本尊、元三大師堂と大師像を譲り受け現在地へ移築
・八角堂を本堂として大師堂、庫裡、茶所を配置して「六角院」と改める
・八角堂正面の向きを東正面から南正面に改め、外陣は床板張りに変更
昭和37年
(1962年)
・本尊の収蔵庫を内陣に設置し本尊を安置
・八角堂内三方の欄間建具を取り除き、色彩を塗料で覆い隠す
昭和50年代
(1975-)

・八角堂以外の建物(大師堂、庫裏、茶所)を撤去
・八角堂の南西に鉄筋コンクリート造の東屋をたてる
平成10年
(1998年)
・防犯や保存の観点などから本尊を京都国立博物館に寄託し、八角堂の堂内は空になる
平成20年
(2008年)
・本尊を正法寺の宝物館「法雲殿」に移設
※現在も「法雲殿」あり、年に数回特別公開で見ることができる
平成25年
(2013年)
・八角堂を公有化
平成26年
(2014年)
・八角堂の修繕工事開始
平成31年
(2019年)
・修繕工事完了
・明治期の彩色を取り戻す

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拝観当日の様子(秋の文化財一斉公開日)|八角堂・京都

秋の特別公開日の現地レポートです。八角堂の雰囲気を知りたい方は、ぜひご覧ください。

八角堂入口の様子

👆こちらは八角堂が立つ西車塚古墳にしくるづかこふんに上がる階段です。

現在の八角堂は、西車塚古墳の後円部墳頂に建っています。

📌西車塚古墳
古墳時代前期(4世紀頃)の前方後円墳で、八幡市最大の全長約115m〜120m

秋の文化財一斉公開の堂内拝観時間に訪問したので、旗や看板が設置されていまが、普段はこんな感じ👇

「八角院」と書かれた石がありますが、こちらは八角堂の別名です。

移転当時に八角堂を本堂として大師堂、庫裡、茶所を配置して「八角院」としていた頃の名残です。

▶八角院について詳しく見る (本記事内)

「秋の文化財一斉公開」の堂内拝観時間は、八角堂について書かれた資料がいただけます。

八幡市教育委員会の八角堂見学ページ(こちら)からダウンロードできる資料と同じでした。

階段を上がり八角堂がある古墳の上へ

さて、八角堂がある古墳の上を目指し階段を上がっていきます。

敷石が変化してなかなか面白いです。

正面に見える朱色の建物が「八角堂」です。
左奥の建物はかつて地蔵尊が祀られていた「地蔵堂」で、現在は何もない東屋。

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堂内入口へ

古墳の頂上に上がって、八角堂が見えたら右側に進むと堂内への入り口があります。

👆堂内に向かう途中の手水鉢は、「秋の文化財一斉公開」期間中は「花手水」になります。

入口の看板が見えてきました。

東側の入り口から堂内へ!

入口に入る前に視線を挙げて蟇股かえるまたの梵字をチェックしてみてください。

【見どころ4】で紹介した梵字があります。

👆入口まで段差があるので気の階段が設置されてました。

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堂内は朱色と極彩色模様の世界!

八角堂の堂内は、見どころ5で紹介した極彩色の模様が見どころです。
朱色はまぶしいくらい!

👆こちらの四天柱(縦の柱)の模様も美しいですね。

👆こちらの写真の手前の梁の唐草模様は色がついていないので、見どころ5で紹介した、あえて色彩塗らずに残している部分です。

(この記事を書くために写真を見返して初めて気づきました)

ちなみに、八角堂の中央の天井は「折上格天井おりあげごうてんじょう」のような天井になってます。

八幡市の八角堂紹介ページに「折上格天井」との記載がないので、次回拝観する際は八幡市文化財課職員さんの解説がある時間に行って、聞いてみたいと思っています。

堂内をぐるっと一周

見どころ1で紹介した通り、八角堂は珍しい「隅切型八角形」をしています。

現地では、四隅を切り取った形状をぐるっと1周してみてくださいね。

👇堂内の入り口を入って右を向くとこのような白い壁があります。

昭和8年(1933年)に本尊を修理した際は、このいろい壁の前に本尊の阿弥陀如来坐像が安置されていたようです。👇

                (文化庁保管写真)

現在、白い壁の後ろには👇こちらの小さな厨子があります。

残念ながら、こちらがどういったものなのかなぞなので、こちらも次回、八幡市文化財課職員さんの解説がある時間に行って、聞いてみたいと思っています。

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堂内は、入口以外の2か所の扉が開けられています。

👆こちらの扉の先は、最初に上がってきた階段部分です。

右側にちらっと映っているのは、かつて地蔵尊が祀られていた地蔵堂。今は何もない東屋になっています。

👆こちらは次の扉。

堂内の見学が終わったら外へ。

11月はサザンカがキレイ

八角堂の周りにはサザンカが植えられています。

11月の「秋の文化財一斉公開」の時期に訪問するとサザンカの花を楽しめます。

「秋の文化財一斉公開」期間中はこちらの小さな手水鉢にも花が飾られます。

以上が当日の様子でした。

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堂内を拝観・見学する2つの方法|八角堂・京都

【予約不要&週末】毎年11月の秋の文化財一斉公開

八角堂・堂内拝観方法|秋の文化財一斉公開
会期 毎年11月の土日 ※開催日は毎年変わる
2026年11月28日・29日 ※予定
拝観時間 10:00~15:00 ※予定
料金 無料
備考 八幡市文化財課職員による解説
両日11:00~/14:00~ ※予定
公式情報 八幡まるごとなび
※開催日時決定後「イベントとお知らせ」に掲載される

■開催履歴:秋の文化財一斉公開
・2025/11/29&30 10-15時(解説:両日11時~/14時~)
・2024/11/23&24 10-15時(解説:両日11時~/14時~)
・2023/11/18&19 10-15時
・2022/11/19&20 10-15時
・2021/11/20&21 10-15時

・2020/11/21&22 10-15時

【予約必須&平日】八幡市教育委員会文化財課へ申込み

八角堂・堂内拝観方法|八幡市教育委員会 文化財課へ申込み
見学
可能日
・月~金(祝日・年末年始を除く)
・10:00~16:00
申込
条件
・1組5名以上
・毎月2組まで(先着順で受付)
・TELまたは窓口での事前受付後、見学希望日の1か月前までに見学申込書を提出
※見学希望日の4ヶ月前から申込可能
申込~
見学当日
公式サイト(こちら)参照

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交通アクセス|八角堂・八幡市

八角堂の交通アクセス
バス ・京阪バス「大芝・松花堂前」下車、徒歩約3分(北へ)
・コミュニティバスやわた「一区公会堂」下車、徒歩約1分(南へ)
電車 ・京阪電車「石清水八幡宮いわしみずはちまんぐう」駅下車、徒歩約33分
・京阪電車「樟葉くずは」駅下車、徒歩約38分
近隣観光
スポット
・松花堂庭園美術館より、徒歩約5分
・正法寺より、徒歩約10分

・善法律寺より、徒歩約18分
住所 京都府八幡市八幡大芝33番地

※八角堂に専用駐車場はありません